不遇のドラム・ヒーロー:トッパー・ヒードン

ロンドン・コーリングの衝撃

クラッシュのアルバム『ロンドン・コーリング』を聴いたのは高1のときだった。
ちょうどクラスの友達とバンドを始めようとしていたところで、やりたかったギターの才能が自分には皆無だということが判明して、結局ドラムをやることになったのである。

クラッシュというバンドは知ってはいても、ラジオから流れてくる初期の数曲を耳にしたのみで、「あ、パンク」程度の認識しかなかった。今考えてみれば、そもそも音楽自体ちゃんと聴いたことがないころであった。

友達のLPレコードをカセットテープにダビングしてもらい、なんで46分テープが2個あるの、と疑問に感じながら聴いたのだが、ストレートなパンクの音を待っていた僕は、肩透かしをくらった気がして拍子抜けだったのを憶えている。

曲がいろいろ盛り沢山のアルバムだ。ジャズみたいなのもあるし、なんかパンクじゃないな、というのが第一印象だった。でもかっこいい。
…しかしこのドラム、ちょっと違うぞ、ということは素人なりになんとなく感じとってはいたようだ。

以降、文字通りテープが擦りきれるまでこのアルバムを聴き込んだ。のちに、叩いているのはトッパー・ヒードンというドラマーである、ということを知ったのである。

トッパー・ヒードンは僕のドラム・ヒーローだ。



異色のパンクス

当時、パンクバンドのドラマーにテクニックは不要、という暗黙の了解があったのかは不明だが、そんなシーンに登場した彼は、まるで異色のドラマーだった。

『ロンドン・コーリング』に収められた曲には、10代からジャズを叩いていたという彼の音楽的出自をうかがわせるドラミングが目立つ。

3曲目の「ジミー・ジャズ」は、ジャズドラムの手法をちりばめた曲である。100%ジャズではなく、ちりばめ方が絶妙で、全体の曲調をうまくリズムがまとめている。イントロで、ためたスネアロールが「…ファサッ…」と入るところがしびれる。
ガチガチなジャズを十分に叩けるテクニックがあるはずなのに、あえてストレートな味を芯に残し、出来上がりはちゃんとクラッシュらしい曲になっている。
ちなみに、のちのアルバム『サンディニスタ!』の「ルック・ヒア」では、さらにジャズ寄りにアプローチした、突っ込み気味に聴かせるテクニックがすごい。

ジャズ以外にも、ロカビリー、レゲエ、スカ、ラテンなどさまざまなパターンを満載した『ロンドン・コーリング』は高い評価を受けた。このアルバムを機にクラッシュの方向性は広がり、その後リリースするアルバムも商業的に成功を収めた。
僕は、この成功の立役者は、トッパー・ヒードンだと思っている。

シンプルで唯一無二

タイトル曲の「ロンドン・コーリング」のイントロや「ニューヨーク42番街」で多用されている、ハイハットとキックが同時に4分打ち、スネアが2拍4拍で入るとてもシンプルなパターンは、トッパーが叩く最もクラッシュらしいリズムだ。
共産圏の行進曲とでもいうのか、このリズムにギターのカッティングがシンクロすると、ちょっと左翼的に感じるのは僕だけだろうか。軍靴が整列して音をたてるような…
前述の2曲はシャッフルなので、フィルインは間(尺)を利用した3連パターンをとても効果的に使っている。

4つ打ちのシンプルなリズムパターンは、クラッシュのいくつもの曲で聴くことができる。シャッフルではないが、「クランプ・ダウン」の前半や、後のアルバム『コンバット・ロック』収録の「権利主張」はまさにそのものである。シャッフルしていないリズムは、力強く攻撃的に突っ走るイメージとなる。

疾走する8ビート


もうひとつ、トッパーの真骨頂は、「ロスト・イン・ザ・スーパーマーケット」「クランプ・ダウン」「トレイン・イン・ヴェイン」でみられるハイハットワークだ。
いずれも8ビートで疾走するナンバーだが、1小節で8回「チッチッチッチッ…」ときざむハイハットに、16の装飾がごくごく小さなボリュームで「チキッ」と入る。右手でダブルを入れているはずだが、この、ごくごく小さなボリューム、というのがポイントで、疾走する8ビートのスピード感を殺さずに、むしろスピード感を上げていく効果がある。

ロックのドラマーなら、装飾をつけるのに楽な左手でパラレルにしたくなるところを、トッパーは右手だけできざんだ。よくよく考えると、パンクバンドでダブルストロークを使ったドラマーはトッパーだけであろう。
ほとんど目立たないテクニックではあるものの、これがリズムの土台を作り、曲全体のノリが生まれるのだ。

スネアっぽいスネア

ストレートなロックならば、締まった抜けのいいスネアの音をバックビートに入れるのが定石である。レコーディングでも、エフェクトによってスネアの音がより強調されがちだ。
実は、スネアドラムをスネアドラムっぽい音で叩くのは難しい。やってみると分かるが、力任せに叩いてもいい音は出せない。

トッパーのプレイを聴いていると、スネアがスネアらしい音で鳴っている。例えば、シェルが金属製だということがわかる響きとか、スナッピーが鳴っている感じとか、そういうところだ。
パンクバンドらしからぬドラムの音なのだが、これこそがクラッシュらしいビートとして認知されているはずである。

「トミー・ガン」のイントロを聴いたときは、カッコよくて腰を抜かしそうになったものだ。スネアの連打。途中、曲の要所要所でナチュラルで効果的なスネアが叩かれる。キメでもエンディングでも、スネアらしいスネアがカットインして、もう、この曲はスネアドラムからつくったんじゃないか?と思うほどだ。

不遇のドラマー


そんなトッパーだが、アルバム『コンバット・ロック』を最後に、バンドから追い出されてしまう(自ら認めていますが、クスリが原因だったようだ)。彼が抜ければ、それは実質的にクラッシュの終焉を意味する。

同時期にギターのミック・ジョーンズもバンドを離れ、ドン・レッツたちと「ビッグ・オーディオ・ダイナマイト」を結成し、ヒップホップの先駆けとしてそこそこ活躍した。しかしトッパーには声がかからなかったようで、彼はソロとして1枚のアルバムを作ったのみであった。

その後は、彼のドラマーとしてのキャリアはぷっつり途絶えてしまい(忌野清志郎のサポートで少しだけ聞きかじったことはあるが)、今に至る。
こんな逸材なのだから、他のバンドからも引く手あまただと思うのだが…

僕のヒーロー。いちばん見ていたいドラマーなのに、本当に残念である。不遇のドラム・ヒーロー。もったいない。

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