キリング・ジョークの精神的支柱:ポール・ファーガソン

 部族的リズムとダブの融合

”ビッグ”・ポール・ファーガソン(Matthew Paul Ferguson)は、キリング・ジョークのオリジナルドラマーである。

ポール・ファーガソン(Facebook より)

キリング・ジョークがメジャーデビューしたのは1980年。初期の楽曲は、タムを多用した「部族的」なドラムのリズムが特徴的だ。
1st アルバム『黒色革命』に収録された『Wardance』『The Wait』あたりは、他のバンドがカバーしたりしていて有名である。
ズンドコ重いリズムが繰り返され、狂暴なファズギターカッティングが乗る。ダークなドコドコとジャリジャリギター!「キリング・ジョークと言えばこれだよね」というふうに認知されている。
しかしバンドが自主製作でつくった最初のシングル『Turn to red』はそうではなかったようだ。

ベースを弾くユース(Martin "Youth" Glover)は、もともとレゲエ好きのパンクスだった。ベースラインはレゲエである。ビッグ・ポールはタムをドコドコ叩いているわけではない。4つ打ちのバスドラムと16分のハイハット、スネアは16分の裏側を左手で叩いている。
これは、ダブだ。ジョーディ(Kevin "Geordie" Walker)は鋭いファズギターを載せて遊んでいるもの、ミックスはダブの手法そのものであった。
1stアルバムでは『Tomorrow's World 』『S.O.36』などでダブの影響が色濃く見られる。




アルバムを通して聴いてみるとわかるが、実は、タムを主体としたドラムパターンの曲は『Wardance』と『The Wait』の2曲だけである。よりストレートでヘビーなリズム。繰り返されることでトリップするような呪術的な陶酔感は、ビッグ・ポールのドラムプレイによってつくりだされていて、その後のバンドのカラーを広く印象付けることになる。

ハイハットの代わりにフロアタム


「部族的」なドラムのリズムとは、いわゆる「タイコの音」が、ギターリフやベースラインとユニゾンしながら反復的に鳴っているリズム、ということだろう。
土着の、原始的なタイコの音。現代のドラムセットでは、タイコの音=タムの音に置き換わる。

通常、ロックのドラムでリズムをキープするのはハイハットかトップシンバルである。8ビートや16ビートで刻むことになるので、キレがあって分離しやすく、高音域で鳴る「金物」を叩くのだ。
が、ビッグ・ポールは、フロアタムでリズムキープをする。これによってリズムはドコドコになる、というわけだ。基本のリズムキープはフロアタム、ここにダークなギターやちょっと跳ねたベースがシンクロしてくると、重厚な部族的サウンドが出来上がる。

初期の代表曲『The Wait』は、ビッグ・ポールがこのパターンを取り入れた最初の曲であろう。
いわゆるAメロ部分は、フロアタム8ビートでバスドラム3発入り…のように聴こえるが、実はそうではない。フロアタム&タムタムとバスドラムを交互に叩いている。
この奏法だと確かに表裏でタイコの鳴りが交互に変化するため、ビート感は高まる。シンプルだが効果的なプレイだ。
サビではパターンを変えている。フロアを叩かず、バスドラム3発とスネアだけで進む。スネアはフラム、2発に1発は片手のダブルを添えている。

メタリカがこの曲をカバーしていることはよく知られている。メタリカがやるとまったく別の曲になるが。

ドコドコドラムメソッドの確立

前作から1年、ビッグ・ポールが部族的タムドラムを確立したのは、2ndアルバム『リーダーに続け!』である。


ドラムの音はミュートが効いて、よりデッドに重く進化した。シンバル類はまったく鳴らさない。スネアをバックビートに入れるという概念を捨てているようだ。
何しろ、緊張感が半端ない。
基本的にリズムはタムで先行させているのだが、このアルバムの主軸は16ビートである。

なかでも、『Follow The Leaders』は、荒れ狂う16ビートのタムとシーケンサーのデジタル感がドはまりのチューンである。
レコーディングではスネアドラムは使っていない。バックビートには電子音が入って、両手はタムタムとフロアタムに専念している。プリミティブなリズムと電子機材という両極がミックスされて完成された曲である。

このアルバムのタムの音は一段と重くなった。口径の違うフロアタムを2つ置いているのであろう。タムの手数が増えて残響をカットするため究極までミュートされている。
16ビートは平坦ではない。アクセントをつけた3連のポリリズムが多用されている。


このアクセントでリズムにうねりが生まれ、ドラム自体のデジタル感はない。

さらに1年後の3rdアルバム『神よりの啓示』では、シーケンサーなどの電子機器は影を潜め、ダブの香りもほぼなくなった。


それにより、ビッグ・ポールのトライバルなドラミングが際立ち、リズムのバリエーションが広がっている。
ドラムの音作りは前作よりも粒立ち、金属製のスネアらしい響きが聴けるアルバムだ。

ギターリフから作り、あとからユニゾンするようにリズムパターンを組み合わせたと思われる曲や、ドラムパターンのアイディア先行らしき曲も目立つ。
曲としては、ボーカルのジャズ(Jeremy "Jaz" Coleman)が傾倒していたといわれる黒魔術や、世界各地の民族音楽の影響を色濃く受けており、ボーカルのラインとギターの混沌としたサイケデリック感は一番強いアルバムとなった。

1曲目『The Hum』は彼らのライブでよくプレイされる。
ゆったりとした8ビートはフロアタムによって引っ張り、スネアは通常の2拍4拍のフラム。また、左手で1拍3拍のタムタムをフラム気味に鳴らして、どっしりとしたヘビネスをプラスする。
フィルインはパートの切れ目で16分のタム回しのみ、フィルの最後のシンバルは叩かない。例によって金物にはまったくさわらない曲である。

ビッグ・ポールの真骨頂

2曲目『Empire Song』は一転して、ビートが疾走するナンバー。フロアタム2つで16ビートを叩き出す、ビッグ・ポールの得意とするパターンだ。
4つ打ちのバスドラムに2・4拍のスネア。スネアはすべて左手で叩く。
先行するフロアタムは、
R_RRS_RLR_RRS_RLR_RRS_RLR_RRS_…(Sは左手のスネア)
という、右手ダブルを使うやりかたである。ダブルの重さが尋常ではない。とにかくヘビーで前のめりに疾走するスピード感、大きな岩がゴロゴロ転がっていくような荒々しさが生まれるプレイだ。

『The Pandys Are Coming』もタムの16ビートだが、フロアタムとタムタムを右手先行のシングル16分で刻み、2・4拍のスネアは右手で入れる。こうすると、タム類の鳴りの高低がミックスされてよりダイナミックでラウドなビートになる。さらに1小節のうち前半は小口径タム、後半は大口径タム、と使い分けている。
不協和音で拡がるファズギター、呪術的なコーラスと相まってこのアルバムを象徴するチューンである。

いずれにしても、このアルバムは、ビッグ・ポールの指向性のとおり、すべてのパートが高次元で昇華したベストワークだ。

脱退と、皮肉な評価


1983年の第4作『ファイアー・ダンス』は、リズムセクションは前作と同様の路線を踏襲したが、曲としては、よりポップに仕上がった作品だ。
翌年には『ナイトタイム:暴虐の夜』を発表、過去最高のセールスを記録した。キャッチーなメロディーとエレクトロニクスを多用したシンセポップ的アプローチを強めて、続くアルバム『漆黒の果て』では、もはやビッグ・ポールのトライバルなドラムプレイはなくなり、シンセとメロディアスなボーカルを前面に押し出した凡庸な楽曲となっていく。

そしてビッグ・ポールはバンドを脱退する。
このころのインタビューでジャズは「もうラウドなパンクドラマーはいらない」と話している。何があったかは知る由もないが、バンドは、初期からの精神的支柱であったビッグ・ポールを手放してしまったのだ。

1990年、バンドはドラマーに元PILのマーティン・アトキンス(Martin Atkins)を迎え、アルバム『怒涛』をリリースする。


このアルバムのマーティン・アトキンスは、本当に素晴らしい。軟弱になったキリング・ジョークを、恐ろしくハードに復活させた。ベースの朋友ポール・レイヴン(Paul Raven)の功績も大きい。
とにかく、マーティン・アトキンスの加入によって、初期の音楽性とは異なるにしろ、バンドの音楽性は格段に向上してしまったのだ。

2003年のアルバム『キリング・ジョーク』では、ドラムは、なんとデイヴ・グロール(David Eric Grohl)が全面サポートした。


デイヴ・グロールは、これまた凄まじいドラムプレイを魅せる。ハードでキレのある正確なドラム。
このアルバムをバンド史上最高のアルバムに仕上げたのは、他でもない、プロデュースを手掛けたアンディ・ギル(Andy Gill)であろう。何しろ、キリング・ジョークと、あのギャング・オブ・フォーがタッグを組んだのだ。
アンディはおそらく、ギャング・オブ・フォーでドラマー不在時、リズムのイメージ作りをすべて自ら行っていたはずだ。打ち出されるリズムは、入念に練られた非常に構築的なモノであった。
アンディのリズムイメージをデイヴ・グロールが正確に再現し、今までのキリング・ジョークになかったタイトでヘビーな疾走感を与え、バンドの名を冠したアルバムタイトルにふさわしい作品に仕上げたのだ。

ビッグ・ポールがバンドを脱退したあと、ヘルパードラマーが叩いた作品の出来がサイコーで世間から再評価を受ける、という、なんとも皮肉な結果となったわけだ。

ビッグ・ポールの苦悩は続く


ポール・レイヴンの死をきっかけに、オリジナルメンバーが集結し、ビッグ・ポールはキリング・ジョークに復帰することになる。
再結成以降、バンドは3作のアルバムをリリースしています。しかし残念ながら、復帰後、あのビッグ・ポールらしいリズムは聴くことはできない。
リズムは、どれも普通だ。これはジャズの意向なのか、はたまたいつも自分の好みを押し付けるユースの仕業なのかは分からない。普通のリズムである。ビッグ・ポールがやる必要性は見当たらない。
ぼくが聴きたいのは、覚えたてのツーバス連打や、むやみやたらと打ち鳴らすシンバルではないのだ。

そんなビッグ・ポールだが、最近はソロ(「BPF 」名義)でアルバムを発表している。全体にタム主体のリズムは鳴っているのだが、うーん…とクビをひねってしまう音なのだ。
せっかくオリジナルメンバーが揃うバンドで演れるのに…やりたいことができないのだろうか…

ぼくのもっとも敬愛するドラマー、ビッグ・ポール!
もうちょっと、頑張ってほしいなぁ…

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